変わるもの、変わらないもの、変わっていくもの
夜の公園で遊具の中で寝そべっていると、聞き覚えのある足音が聞こえた。
「なんで、ここが分かったのよ」
「お前、なんかあったら、ここに来るだろ? ガキの頃から、そうだったじゃん」
よーすけは呆れたような、懐かしむような口調で言った。
「子供の頃のことなんか忘れたわ」
「そっか? 俺は覚えているぞ? お前がお気に入りのリボン落とした時も、ここで泣いてて、俺が探しに......」
「わかった。わかったから、もう言うな。それで、何の用なの?」
「迎えに来た。おばちゃんが晩御飯冷める前に帰って来いってさ」
「もっと、マシな言い訳ないの? ご飯なんて、とっくに冷めてるでしょ......」
「俺も心配した。帰ってないとは思わなかったから」
時計にちらりと目をやると、時刻は既に23時を回っていた。よーすけの方にも目を向ける。彼は学生服を着ていた。
「なんで、せーふくのままなの?」
「部活終わってから、家に帰ってないからな。お前の家の前通った時に、部屋に電気ついてなくて気になってさ、おばちゃんに聞いたら、まだ帰ってないって言われて、そのまま探しに来たからだよ」
「あんた、補導されるわよ?」
「そっくりそのまま、その言葉を返していいか?」
私はよーすけのストーカーじみた行為について悪態をついたつもりだが、よーすけは格好のことと、受け止めたらしい。
私も学校帰りに、そのままここに来たから制服のままである。一応、隠れては居たが、警察に見つかったらあまり宜しくはなかっただろう。
「帰りたくないって言ったら?」
「おばちゃんが警察を呼ぶことになる」
「はぁ......、私には落ち込む暇もないのね」
「交番で落ち込むよりは家で落ち込んだ方がマシだろ」
よーすけがぶっきらぼうに手を伸ばした。私はその手を取り、重い腰を上げる。ぐいっと引っ張られた時、ずっと同じ姿勢で座っていたため、身体中の関節が悲鳴をあげた。
「あっ、痛゛、ちょっと待って」
「どうした?」
「足腰が痛くて歩けない......」
「おばーちゃんかよ......」
「余計な一言だっつーの」
「ほら、乗れよ?」
よーすけは呆れたようにため息を吐くと、膝を曲げて背を向ける。
「やだよ、この年になって」
「わがまま言うなよ。警察沙汰になったら面倒だろ?」
「はぁ、ったく、しょーがないわね」
いつまでも、鼻垂れ小僧だと思っていたよーすけの背中は思ったよりも大きくなっていて、なんだか置いて行かれた気がした。
「懐かしいな、あの時もこーやっておぶって帰ったっけ」
「子供の頃のことは忘れたって言ったでしょ!」
「誰も子供の頃とは言ってないけど?」
「いちいちムカつくわね、あんた。何も変わってない」
「変わらないよ」
「なんでよ?」
「いつまでも変わらずに、お前の側に居たいから」
「生意気ゆーな! 幼馴染ってだけじゃん」
「だよなぁ、幼馴染って関係なんだよな」
トボトボと歩いていた、よーすけが、不意に何かを思いついたかのように立ち止まり顔を向ける。
「なぁ、やっぱ、関係変えていいか?」
私の世話をするのが面倒になり、幼馴染を解消したいということだろうか?
それは、困る。宿題を写させて貰ったり、夜のコンビニにパシらせたり、暇な時の話し相手にしたり、そういうのが出来なくなるのは困る。
「......私は今のままがいいかな。少しよーすけに甘え過ぎてた自覚はあるよ。ちょびっとは直すからさ」
「甘えられるのは構わないよ。幼馴染じゃなくてさ、恋人になりたい」
「あんた、失恋したての相手に何言ってんの?」
「何って告白? だって、好きな女が泣いているの嫌じゃん。俺だったら、泣かせないよ」
「そんなこと急に言われても困る。私はあんたのこと弟みたいなもんだと思ってたし......」
「知ってる、すぐにとは言わなけど、考えてみて欲しい」
よーすけは再び前を向くと、ゆっくりと歩き出した。
幼馴染と恋人だなんて、ベタで嫌だなとは思うけれど、今はよーすけの背中で揺られているのが心地良かった。